上記のタイトルに沿って、最近日本の新聞でみました二つの出来事をニュージーランドから見た視線で紹介してみます。
ハーグ条約
「ハーグ条約:国内手続き法が成立 年度内にも施行」と6月12日付けの毎日新聞に出ていました。まずハーグ条約とは英語でthe Hague Conventionと書き、ウィキペディアによりますと「オランダのハーグで行われたハーグ国際私法会議において締結された国際私法条約の総称。」となっています。
この総称の言葉で分かります様にハーグ条約の名の下に多くの条約がありますが、この日本の新聞で述べられているのはその一つである国際的な子の連れ去りの民事面に関する条約の事で、ちなみにこの条約そのものは1983年12月に発効しています。
国際結婚が破綻した後、片方の親(9割が母親だそうですが)が16歳未満の子どもを国外に連れ去った場合に、子供の権利、利益を保護するための取り決めと言う事が出来ます。具体的には子供を一旦今まで生活していた国に戻し、いわゆる親権や養育についてその国の法律で決めていこうとする国際ルールです。今まで住んでいた国、その地域でこその子供にとって何が一番重要かを見出せるかの可能性がある言う考えがその元にあります。
実際に日本の新聞などで欧米人の夫と結婚し、その国に住んでいる日本人女性のケースを見かけるます。この中には結婚が何らかの理由で破綻するとその国に住む必要がなくなる、住みたくないと言う女性がいて、子供を連れて日本にさっさと帰ってしまうケースが結構ある様です。ここで問題になるのは父親がその意思にかかわらず子供に会えなくなる事ですが、もっと重要と考えられているのが「子供が父親に会えなくなる事」です。
相手の同意なしに片方の親が自分の国へ連れ去る事を英語では「International Child Abduction」と言います。Abductionを英和辞典で調べますと拉致、誘拐です。自分の子供を連れて日本に戻った日本人女性には誘拐したと言う認識はおそらくないでしょう。私もこの英語を初めて聞いた時はどうして誘拐などと言う言葉を使うのかと感じました。しかしながら父親のみならず彼の両親すなわち祖父母から見れば、ある日を境に子供に全く会えなくなる訳ですから、これは完璧な誘拐と言う事になります。
以前の日本では離婚に際し両親の都合だけで子供の処遇が決められていたのではなかったかと思いますが、ニュージーランドにおける法律上の原則はthe Best Interests of Kids(子供の権利の最優先)です。離婚は親である二人の大人の問題ですが、離婚によるネガティブな影響が子供に出ない様にするには何が一番かを子供の意思を尊重しつつ決めていこうとする姿勢です。
「子供の意思」などと言う言葉を使うと「じゃ赤ちゃんや幼児ならどうして意思を確かめるんだ」と聞く人がいるかも知れません。赤ちゃんがどう思っているかを確かめる事そのものは出来ませんが、何がもしくはどの環境がその赤ちゃんにとって大切かを赤ちゃんの立場から考え、判断するする事は出来ます。このためにニュージーランドでは裁判所がその赤ちゃんの権利を代表する弁護士を指名する制度があります。赤ちゃんの立場から母親もしくは父親と暮らすのがよいかだけではなく、ケースによってはどちらもがダメ親の場合にはどちらかの祖父母に軍配が上がる事もあります。すなわち父親と母親の合意は重要ではありますが、それと同じくらい子供自身の立場そのものが考慮されると言う事です。
数年前にありましたパンプキンちゃん事件を記憶されている方も多いと思います。当時の新聞報道によりますと中国人の夫が同じく中国人の妻を殺し、子供であるパンプキンちゃんを連れてオースラリアへ脱出、空港に彼女を置き去りにしたままアメリカへ逃亡しました。セキュリティーカメラに映っていた空港で一人たたずむパンプキンちゃんの姿に誰もが怒りと同情を感じました。名前を聞かれても答えられないくらい幼かった彼女を着ている服のパンプキンパッチから皆がパンプキンちゃんと呼ぶようになりました。
後にアメリカで逮捕された父親だけが実の親となってしまったパンプキンちゃんの保護者を誰にするかが家庭裁判所で争われた時にパンプキンちゃんの弁護士として裁判所より指名されたのは私の知り合いの女性弁護士でした。中国に住むパンプキンちゃんのおばあちゃん(母親のお母さん)が保護者として名乗り出てオークランドへやってきました。それまでにもかわいがってもらっていたおばあちゃんと再会して喜ぶパンプキンちゃんの姿は誰の目にもこの人が保護者にふさわしいと理解され、キーウィであるパンプキンちゃんは中国のおばあさんと一緒に住むために「帰って」行きました。
話を戻します。ハーグ条約については「連れ去り天国」と世界から言われていた日本の外務省のウエブサイト等にも詳しく出ていますので、関心のある方はこちらを参考になさって下さい。ニュージーランドでは昨年だけで130件のケースがこのハーグ条約のもと裁判所で争われたと言いますから、けっして特殊な話ではありません。
ではニュージーランドに住む我々にとっての影響は何かと言う点で、日本が加盟国になったのは良いことだと私は考えています。ニュージーランドは以前からこの条約の加盟国ではありましたが、日本が加盟していなかったために子供を連れての一時帰国もままならないケースがあったからです。すなわち一時帰国と言いながら実際に帰ってこなかった場合に法的手段が全くなかったので、キーウィの配偶者が反対すればその一時帰国すらが認められない深刻かつ現実的な問題がありました。これは日本にいる祖父母が高齢でニュージーランドへやってくるのが難しい場合は事実上永久に孫に会えない事を意味していました。今から国際結婚を考えている人に出会ったなら、相手方の国がハーグ条約の加盟国かどうか調べておく様に進言してあげて下さい(*^_^*)。
麻薬の持ち込み事件(Drug Trafficking)
「女子大生「恋人に頼まれ」運んだケースに覚醒剤」と言うタイトルの記事が7月1日の読売新聞に出ていました。又かと思ってしまうくらい、いつでもどこの国でも起こっている事件ではないでしょうか?国によっては麻薬の持ち込みの最高刑が死刑である事も今ではよく知られています。 私がこの種の事件にかかわった経験から、やはり他人事ではないと感じた事と知っておくべきと考える教訓の一つについて記しておきます。
上記の新聞によりますと、覚醒剤3.5キロ(末端価格2億5000万円相当)を持ち込もうとした23歳の女子学生は「カナダ人の恋人から、日本国内にいる男性にスーツケースを渡してほしいと頼まれた。覚醒剤が入っているとは知らなかった」と供述したとされています。
この事件の真相についてはここに書かれてあること以上には分かりませんが、頼まれて気軽に運んだと言うケースが多いのがこの種の事件の特徴であります。言い換えますと空港で密輸が見つけられ逮捕されるのが麻薬密輸団の一員であるケースは非常に少ないと言う事です。
悪い奴は隠れていて、だまされ易い「純粋(単純?)な人」をこの運びやとして目を付け、悪は忍び寄ってきます。意図的に信頼関係を作り、世話になって断りにくい関係になってから頼まれたので、いやいやながら引き受けたと言うケースも結構あると言われています。
これだけはありません。スーツケースを受け取りに来た人も逮捕してみればこれも受け取りだけを頼まれた人でした。本当に悪い奴はヤバイところへは決して出て来ないのです。驚く事ではありませんが、本等に悪い奴はずる賢いのです。
「君子は危うきに近寄らず」と言いますので、この記事を読んでいるあなたがこの手の罠にはまるとは考えていません。しかしながらここで気をつける必要があると私が考えます事は、あなたの真面目で純粋な子供さんにはよほどの注意がいるかもしれないと言う事です。
誰でも「このスーツケースを運んでくれば、50万円あげる。」と言われれば怪しいと考えますし、構えます。でも例えば日本へ行こうとチェックインした後に空港で1キロくらいの袋を渡されて、もっともらしいストーリーと共に1万円くらいのお礼をすると言われると、「人助けでもあり、ちょっとした小遣い稼ぎになれば、これくらいのものを届けるくらいは」とならないかと言う事です。純粋で親切な人ほど狙われやすく、引っかかりやすいのではないかと心配しています。実際この種の事件に巻き込まれた人はごく普通の人である場合が多い様ですが、後悔先に立たずでもあります。
ただし「運び屋の多くは悪い奴に利用された」の点だけを強調すると、逮捕された人に同情を感じない訳ではありませんが、覚醒剤の持つもう一つの面も抑えておく必要があります。
すなわち覚醒剤の密輸が成功した後に何が起こるかと言うことです。こう言う事件にかかわっている税関の人が私に話してれた事ですが、この人は象徴的な言い方で「覚醒剤一キロの持込で罪のない人が3人死ぬ。」と言っていました。
これは麻薬におぼれた人が自分の体を蝕んで死に至ると言う事ではありません。冷たく突き放せば、麻薬に手を出すかどうかは本人の責任ですし、実際法律はこれを罰しています。実は社会にとってより深刻な問題は麻薬で興奮した人の犯す罪のない人を巻き込んだ犯罪です。
つい先日にも麻薬(とアルコールで?)で興奮した男が自分のガールフレンドを紐で縛り、車で引きずって走ると言う想像を絶するおぞましい事件がありました。ニュージーランドで起こった暴力事件や殺人事件などには少なからず麻薬が絡んでいます。
この税関の人は麻薬がらみの殺人事件と麻薬が持ち込まれている量をして象徴的に「1キロの麻薬によって罪のない3人の人が殺される」と表現したのだと思います。
通常の犯罪は自分から手を出さなければ関係する事はありませんが、麻薬のそれは向こうから普通の人を狙って近づいてくる。そしてこれに手を貸すことはその結果としてどこかで起こる暴力、殺人事件の片棒を担ぐ結果になっていると言う事が出来るかと思われます。
この原稿はオークランド日本人会会報2013年8/9月号に掲載したものです。