ニュージーランドにおける解雇の注意点とGood Faith(信頼、信用)(2)

概要

まず雇用法という法律の前提ですが、雇用主は法律をよく知っていて、被雇用者はよく知らないかもしれないと言う前提で法律が出来ていると考えて下さい。すなわち問題が起きた時に「雇用に関する法律がその様になっているのは知らなかった」という言い訳を雇用主は出来ないという事です。

被雇用者は法律を知らないかもしれないことを前提にしていますので、問題が起こった時の仲裁手続きや相談機関の連絡先についても雇用契約書の中で述べておく必要があるくらいです。通常の手続きは次の様になります。被雇用者が仕事上や職場のことで不満に思う、もしくは納得できないことがあると90日以内に直接の会社の責任者に伝える。当然ながら会社の責任者は迅速に必要な調査を行いこれに応える義務があります。

解雇

雇用主が被雇用者の仕事や態度に問題があり、解雇を考える時にはきちっと確立された慎重な手続きがあります。なぜならきちっと手順を踏んだ手続きを経ないと正しい結論は導けないと言うきわめて合理的な考え方が雇用法の底に流れているからです。解雇の問題を扱う時にその中身と同じくらい取り扱いの手順が重要であることは十分に知っておくに値すると思います。雇用主が出した解雇という結論が被雇用者の「常識外れた」行為に対して妥当なものであるとしても、その結論に至った過程がきちっとした手順を踏んでいなければthe Employment Relations Authority(ERA)から不当解雇とみなされる、もしくは不十分な手続きに対する罰金の支払いを要求されることになるかも知れません。

簡単にこの手順一般を記しますと次の様になります。

1.被雇用者の仕事の不十分さについて話し合いたいので、いついつに会議を持ちたいとするレターを送ります。被雇用者が信頼するサポーターを連れてきても結構ですとレターに加えておきます。通常はこのレターの前に口頭では何度か注意がなされているはずです。

2.会議の中で雇用者が問題と考える点を明確に述べていついつまでに改善を見られる様にして欲しいと伝えます。この時同時にこの改善をするための仕事上の援助や指導も必要です。

3.期限とした期日までに改善が見られないと判断した場合、もう一度正式な会議を持ちたいとする上記と同様なレターを送ります。

4.この会議でまだ改善されていないと雇用者が考える問題点を具体的に指摘して、被雇用者の意見を求めます。この意見を踏まえ必要ならば更なる援助や指導を行います。

5.一定期間経っても改善が見られないと考える時は最後の会議を持って文書で解雇を伝えます。

ただしSerious misconductsと言われる重大な違法行為に関しては上記の様な手続きを踏まえなくても即解雇となる事もあり得ます。ただし被雇用者の言い分を聞く姿勢は雇用者として大切なことです。職種によってもSerious misconductsの内容が異なる面がありますが、一般に職場での暴力事件や窃盗はSerious misconductsに相当すると考えられますが、実際の職場ではこの判断が難しいことが色々とあるのも事実です。

ERAの判断の中にニュージーランドにおける解雇の手続きや雇用法の精神であるGood Faith(信頼、信用)が反映されていると思いますので、判例を紹介してみましょう。

判例1

園芸店の従業員Aに対し、客や他の従業員から態度や仕事ぶりに対する苦情があり、Aは会社を解雇されました。ディレクターのBは有害な態度(destructive behaviour)、他の従業員や客に対する乱暴な言葉(swear)、商品に対する損害などがあったと主張します。従業員の一人からは、Aから汚い言葉を浴びせられ「祖国へ帰れ」とののしられたとの訴えがありました。

ディレクターBは解雇前、数回にわたり口頭で警告したと主張しますが、ERAはこれらを警告には至らないと判断しました。

Aによると「ある日、倉庫でディレクターBに話し掛けられ、その場で解雇された。ディレクターBは酒気を帯びており、大声を上げていたので怖かった」と話しています。

これに対してERAは、Aの行為は重大な違法行為(serious misconduct)には当たらず、当該苦情について会社はAに弁明機会を与えなかったとして、Aには4,000ニュージーランド(NZ)ドルの損害賠償を求める権利があると判断しました。しかし苦情の内容から、結果としてその額は2,000NZドルに減額されました。

判例2

たばこ工場に長年勤めた工場長Cが部下に対していじめや脅しがあったとする訴えがあり、会社はこれを重大な違法行為と見なしてCを解雇しました。ある部下は怖くてCの機嫌が悪いときは見えない所に隠れたり、また他の部下は会社へ行くのが怖かったと証言しています。

初めの苦情は2月にあり、Cが一時的な停職処分を受けたのは翌年の3月18日、その後3月31日に懲戒尋問(disciplinary hearing)、翌4月初めに調停(mediation)、4月12日の会議でマネジャーによって解雇が決定されましたが、この最後の会議でCは自身の行動を謝罪し、今後態度を改める約束をしたとのことです。

ERAの判断は28日以内にCの職場復帰と彼の気持ちを害したことへの賠償として会社に5,000NZドルの支払いを命じました。その理由として会社側のCに対する十分な調査がなされておらず、Cへの説明や言い分を誠実に(genuinely)考慮したとはいえないとし、Cが不当な扱いを受けたと判断しました。

上記の判断理由について、ERAは会社の調査不備を幾つか述べています。
1.調査をもっと早くに始めるべきであった。
2.「労働環境が怖かった」という苦情は詳細さを欠いておりCが正当に返答することは難しかった。
3.会社の人事部(human resources department)と苦情対応の進め方について相談しなかった。

判例3

Dは自分の上長ともめ事があったときに「おまえがどこに住んでいるか知っているぞ」と言い、その数カ月後にも同じ上長を罵倒したため、20年勤めた会社を解雇されました。

解雇前に持たれた工場長とのミーティングでDは「言われた通りのことをするので仕事に戻りたい」と述べ「私が言ったことは悪意や害を与えようとしたのではない」というわび状を送りましたがDは解雇になりました。 しかし、もめ事を目撃したというDの同僚4人は、署名書類を証拠として提出し、その中で同僚たちは「われわれは深刻な問題とは捉えておらず、みんなDの発言を笑っていた」としています。

ERAは同僚4人のうち2人をERAの審議に呼び出しましたが、そのうちの1人は出来事があったときに外でたばこを吸っていて、現場にいなかったことが判明しました。

ERAの審議員の一人は「以前に警告を受けるようなことがなかったら、今回謝罪をしたことで、解雇は免れただろう」とし、さまざまな状況から判断し、解雇は正当であるという結論に達しました。

解雇というのは従業員にとって深刻な問題なので、雇用主としてはこれを決めるまでの手続きが大変重要になります。正当な手続きが取られない限り、正しい結論には至らないということです。従って出来事事態が雇用主から見れば大問題だと思われることでも、正当な手順を踏んで結論を出さないとERAは反対の結論を出すだけでなく、不十分な手続きで結論を出したことに対して損害賠償を命じる可能性もある、ということがいえるかもしれません。

この原稿はオークランド日本人会会報2015年4/5月号に掲載したものです。