判例から学ぶ!NZ法律案内 第5回

第5回 議論の面白さ

この国で法律を学び始めたころ、ニュージーランドの裁判所ではどんな議論が正当な議論として受け入れられているのだろう、といつも考えていました。結局、この疑問に対する回答は多くの判例を見ることでしか理解できないと思い至りましたが、今回は中でも議論の面白さが印象に残っている英国の判例を紹介しましょう。

(Quarter 2003年秋号より)

中古車売買をめぐる議論

これは、中古車屋Lが契約を破ったお客Wを訴えたケースです。Lは中古車のBMWを4,000ドルで仕入れ、 5,000ドルでWに売る契約を正式に交わしました(注:実際の金額単位はポンドですが、ここではNZドルに換算し、金額を便宜上少し変更しています)。 10日後に車の引渡しと支払いがなされることになっていたのですが、家に帰ったWは妻に説得されて購入を断念し、翌日中古車屋に戻ってその旨を伝えました。もちろん明らかな契約違反です。Lは再びその車を売りに出し、2カ月後に別の客に5,300ドルで売ることができました。つまり、Wに売ろうとしていた金額よりも300ドル高く売れる結果となったのです。

一見得をしたかに思われる売買にも関わらず、LはWを訴えました。LがWから得られるはずだった1,000ドルの損害賠償(damage)を支払え、と言うのです。結果的に高く売れたのだから何も損などしていないLの、一見あつかましく思われる主張も、その理由を聞いてみるとなるほどと考えさせられる点があります。Lの経営する中古車屋には、同じような年代やタイプのBMWが何台も取りそろえられており、Wの契約違反のために新しい客へほかの車を売る機会が失われた―つまり、Wが契約を守って車を買っていたら、もう1人の客はほかのBMWを買っていただろうと主張したのです。さて、いかがでしょうか?

名裁判長が下した判決の理由

実際のところ、この主張は一審裁判で半分認められ、WはLに500ドル支払うことという判断が下されました。その理由は次のようなものです。もしWが契約した車を購入していたとしても、Lが新しい客に別の車を売っていた可能性は50パーセント。従って、見込みのあった純利益1,000ドルの半分を支払え、というものです。なるほどと思っていたらまだ続きがあります。

この判決に不満なWは上告しました。上告審では、さまざまな名判決で知られるデニング裁判長がWの主張を全面的に認め、車が高く売れているので賠償責任はないとの判断を下しました。判決理由の中で、この車が中古車でなく新車だったらLの主張は正しく、WにはLの損害額を支払う責任があるというのです。例えば、まったく同じモデルの車が5台並んでいて、そのうちの1台を買う契約をした後にWが一方的にその契約を破棄した場合です。次の客がたとえ契約を破棄された、まさにその車を買ったとしても、その時点で本来なら2台が売れていたと見なせる。なぜなら、もしこの車がすでに売れて店頭になかったとしても、次の客は残り4台のうちの1台を購入したと考えられるからです。

しかしながら、この論理は中古車には当てはまらない、とデニング裁判長は言います。なぜなら、中古車はたとえ同じモデルであっても1台1台が全く異なるもの。同年代の同じモデルであっても、ある車は早く売れ、ある車はなかなか売れないことがあり、その理由は誰にも分からない――つまり、このケースで問題となっているこのBMWが店頭になかったならば、後から来た客がほかの同じような車を買っていただろうという証拠は何もないということです。

この判例は初めに述べたように、裁判でどのような内容が議論されているかの一例として紹介したものです。「契約後でも相手が別の人により高い金額で売れば、契約を破棄しても責任は問われない」などと早合点しないでください。交わされた契約の内容によって結論は変わってきますし、このケースでも、Lが別の客に売る前に訴えていたり、結果的に売れた値段がWとの契約金額より安かったりしたならば、判決は違ったものになっていたのではないかと私は考えています。

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